パンツの教室と私⑧【感謝編】

パンツの教室

こんにちは。
パンツの教室【久留米・小郡】インストラクター
トヨタマキです。

10回に分けて、
パンツの教室と私の出会い・迷い・非行・想いなどをつづっております。

今回は第8回目。感謝編。

マキ
マキ

ここでは私が育った「性にオープン」な環境について書きます。

「性の話を避けて通っても良いことないよ!」と思っているトヨタです♡

あなたもそう思ってくれていたら嬉しいし、
「でもうまく我が子に伝えられない」って時のお手伝いができたら
もっと嬉しい。

子育ての不安は、たいていのお母さんが抱えてて、
私自身もそのひとり。

落ち込むこともあるけれど、
そんなときは自分で自分をほめることにしています。
誰も褒めてくれなくてもね、
自分が自分をほめてあげるの。

うまくいかないって落ち込んだときは
自分をギュッと抱きしめてあげてね。
「よしよし」「がんばってるね」「きつかったね」
「よしよし」「だいじょうぶだからね」って。

自分で自分をよしよししながら、
私はおばあちゃんを思い出すよ。

あなたも、誰か思い出すかな。
誰か思い出せたら、うれしいな。

自己肯定感の源=祖母

わたしが、自分を「よしよし」できるのは祖母のおかげ。

祖母は、共働きの両親の代わりに、マラソン大会やらもちつき会やら、常に行事に参加してくれました。
私がダントツのビリッ子(足がダントツに遅い!)でも、両手叩いて応援してくれてて。
とにかく全て応援してくれてました。

しかもね、私は祖母に特別扱いされてて(*´艸`*)♡
自分でそう思ってただけかもですが、そういう特別扱いを感じるって最高です。

そして、
なんでもないときに、急にじーっと見つめて、
「どうしてそんなに可愛いの?」って言うのです。

子どもながらに「?」だったけど、今思えば
あれって無条件の愛そのもの。

祖母の過保護すぎるほどの愛情のおかげで、根拠のない自信を得てました。

愛情をかけて育てないとこうなる=祖父

共働きの両親のもと、祖父母とご飯やお風呂を過ごした子ども時代。

祖父にはいつも怒られていたか、喧嘩していた記憶ばかり。
とにかく全て否定的、男尊女卑の塊、理不尽に怒られることが当たり前。
「クッソーーー!!!」「だいっきらい!」と何度ぶつかったことか。

でも、祖父の晩年、
私の子ども(祖父にとって曾孫)を可愛がる祖父を見て、
わたし気づいたんだよね。
祖父は愛されて育ってないのかもって。

もっともっと抱っこしてあげたら、こんな人にはならなかったんじゃないかなって。
もっともっと大好きだよって言ってあげたら、もう少し優しい人になれたんじゃないかなって。

だから、祖父の晩年は抱きしめてあげたい気持ちになることが沢山ありました。
すっごく不器用だったけど、愛ってあったよね、すごく。

「性=美」の価値観を持つ男=父

私が「性はイヤラシイものでも卑猥なものでもない」と思ってたのは、
父のおかげ。(父のせい?)
なぜなら、父は性は美しいものと捉えていたから。

エロビデオとジブリが一緒に並んでる、
エロ本も官能小説も、ビジネス本や詩集や推理小説と同じ本棚に並んでる、
裸の女性の絵画、家にあったよね。
その数々の媒体のおかげで、いのち・喜び・危険なこと・多様性を知ることができた。

「性=生」「性=自然」そんな人でした。

自由と平等の女神=母

最高にして完全な私の憧れは母。
彼女のおかげで私はどんなときも道を外さずに生きてこられました。

どんなに祖父や父に反抗しようと、
変な道に行かずに済んだのは、母の圧倒的な後ろ姿のおかげ。

みんな勝手な家の中で、母は常に平等で、冷静で、一番精神的に強かった。
「おじいちゃんにこんなこと言われてヒドイわ!」と泣く私の話を否定することなく聞いてくれたし、だからといって祖父母の悪口を言うことは一切なかった。

だからといって、祖父母に物言えぬ母というわけではなく、
それは違うということに対しては、冷静に物申す母。

どんなに祖父が言葉の金棒を振り上げても、柳のようにかわす母。

だからといって、人間らしくないわけでもなく、子どもを亡くして悲しむ友人がいたら一緒に泣いていたし、事故で意識不明の状態の甥っ子が生還したときにも大泣きしていた。

どんなに男尊女卑の激しい窮屈な家の中でも、母だけは平等で自由だった。

祖母は常に祖父の許可を必要としていたのに対し、母はやりたいことは子どもに迷惑をかけない範囲で、堂々とやってた。

大好きな山登り歴は30年近くも経ち、自己研鑽もまだまだ続く。
懸垂して体を鍛え、ロッククライミングもすれば、
SNSも積極的、最近ではYou Tuberデビューまでしてました(^_^;)

60代半ばの今も、仕事を続け、一人暮らしをして自立している母は、完全なる憧れ☆彡
とにかく太陽で眩しいんです。
母のおかげで、正しく生きていける感じ。

家庭の中に灯台があるといい。
うちの場合は母でした。
でも、うちの母、眩しすぎん?

私もどっしりと強くて優しい灯台になりたい。
でも、うまくいかないことも多くて、
そんで祖母に「よしよし」してもらうイメージで
自分で自分を「よしよし」するの。
今、きづいた。
わたし、けっこう「よしよし」してんな(笑)

うちの家族は性を〇〇しなかった+α

うちの家族に共通していたことは「性=美」の父を否定しなかったということ。

エロビデオを見ていても否定しない、
エロ漫画・エロ雑誌・官能小説を見ていても否定しない、
なに見てんのとか、そんなの読んで駄目よとか、
一切なかったのです。

かつ、母の平等性が、男尊女卑の激しい家の中で際立っていたのです。

「男だから」「女だから」「国が違うから」「肌の色が違うから」「よそ者だから」
そんな窮屈な価値観の中で、「人間みな平等です」を貫く母の姿は、より鮮明に際立っていました。
「悪VS善」に見えたのですね。

かつ、祖母の無条件の愛情。。。

そういったものが入り混じって、「性=善=愛」のような私が出来上がりました。

でもね、私は親から「ことば」で説明されてこなかったので、人にどう伝えたら良いのか分からない。決定的に言葉が足りないのです。
だから、パンツの教室に出会ったとき、
すごく嬉しかった。

誰かに伝えるには言葉が必要。
言葉をもたない私にとって
「パンツの教室」は伝えたい言葉そのものでした。

続きは【原点回帰編】で。

最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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