脳内ヤンキーおかんがお母さん心理学に出会うまで#2

こんにちは。
脳内ヤンキーおかん です(*^^*)!

数回に分けて、「脳内ヤンキーおかん」の、子育て一人劇場を語らせてもらいます。

子どもが壁にぶつかってるのを自分のせいだと思ったり、
それをどう乗り越えるのか、サポートしたいけど分からなくて困ってる、
「なんかうまくいかない」と壁を感じている方に
私の1人劇場を笑ってほしくて。

あ、ちなみに勝手ですが、
これを読んでくださっているあなた自身が幸せであってほしいと思っております。
基本、子育て中の母の味方でございます。

できれば笑顔で、あなた自身が幸せでいてほしい。
そんな願いを込めて、わたしのコトバで、
かっこいいこと言おうと欲張らずに、お話できれば幸いです♡

今回は第2回目。

マキ
マキ

子どもが小さい頃は、毎日必死。
1に家事、2に仕事、子どものことは3番目だったかも。

29歳で結婚、すぐに子どもができると思っていたけれど、
なかなか出来そうにないな・・・ということで、
30歳の頃に不妊治療を始めた記憶があります。

とはいえ、大掛かりなことは何もしなくて、
不妊治療の実績があるという産婦人科に通って、
先生のおっしゃるとおりに薬を飲んだり、
排卵日を確認したり、
卵管が詰まってないか確認したり。

産婦人科に通いだして、半年くらいで妊娠しました。

そこから先は、すべて初めての経験。
切迫流産、ずっと張り止めを飲みながらの仕事、
産休に入ったその日に長女出産、
泣き続ける我が子、
泣きたいのはこっちだぜ事件(笑)!
母乳は早々に諦め、生後4ヶ月で保育園に預けて仕事復帰。
2年後第2子、長男出産。
生後半年で保育園に預けて仕事へ。
さらにその4年後、次男出産。
生後5ヶ月でまたまた仕事へ。

産んで預けて働いて、
産んで預けて働いて、
なんだか仕事大好き人間ですね💦

PexelsによるPixabayからの画像

でも、子どものことは、とても可愛かった。
いつも楽しかったように記憶してます。
ちなみに、この間に夫は4回転職しましたから(泣)!!
私が働いてたから食べていけたし、結果オーライ(≧▽≦)b

仕事ばっかりしてたけど、
子どもたちに「愛情不足かな」なんて思ってなかったです。

いつも
「私には宝物が3つもある。あ~めっちゃ幸せ♡」
って言ってた。
そのせいか、子どもたちは
「お母さんだけズルーイ!3つもあってずるいよ(笑)」
と3人で私の懐に飛び込んで来る。
「こんなに幸せでいいのかよ」状態でした。

とにかく、悩みは一切感じてなかった。

周りから、「ちょっとオタク大丈夫?」みたいに思われたとしてもね。
長女が小さい頃は、夜中にギャン泣きしたりして、
『エクソシスト』というホラー映画のように、
逆さまで階段を降りていくんじゃないかっていうくらいの激しさがありました。

でも、誰に「やばいよ」と言われても悩んだりはしなかった。
なぜなら、自分の子ども時代と大差ない気がしてたから。

私自身、小さい頃は感情をうまくコントロールできなくて、
絶賛反抗期が小学生の中学年くらいまですごかったから。
玄関の外で自分の感情を全身で表しながらギャン泣きする娘に、
小さい頃の自分の姿を重ねて、
そっとそばにいました。
怖くもなかったし、不安でもなかったのです。

「信じてる」
そんな感覚だったんです。

「くそばばー」と言われたらガッツポーズをしたいくらい、
「子どもたちは順調!順調!」
根拠のない自信、そんな感覚だったんです。

Henrikas MackeviciusによるPixabayからの画像

でも、「四十にして惑わず」ならず、四十にしてさまよい始めました。
理由は、長男が4年生になってまもなく、
体調を壊すようになって、学校を休むことが多くなったから。

最初の頃は、「風邪かな?」とか
「病院行ってみよう」とか。

でも、頻発する。

「ん?」

「行けよ」とは言えないような、感覚的な不安。

何が起こっているのでしょう?
何かわたし、育て方、よくなかったのかしら?
どこに問題があるのかしら?

少しづつ、少しづつ、
霧の中に入っていくような。
出口に行きたいのに、出口から遠ざかっているような。

決定的に「これはまずいかも」と思ったのは、
小学4年生のときの「2分の1成人式」。

そこで見た、自信なさげな長男の姿。

何か大切なことを見落としてきたのだと、強い不安を感じたのでした。

ここから、「誰か教えて。なんでもいいから教えて。」の日々が始まりました。

続きはまた明日。

最後までお読みいただきありがとうございます(*˘︶˘*).。.:*♡
明日もあなたにいいことってがありますように☆彡

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